2012.05.11 Friday
9GOATS BLACK OUT/サムライダイナマイト・「So Amazing Twilight [ S.A.T. ] "月蝕"」(12.4.28)@渋谷WWW

山羊さんライブに行き過ぎているのか、記憶の定着が回を追うごとに悪くなっている。
「裁くのは自分の中の自分だ。」
「思うままに生きようなんて甘すぎる。
甘すぎてタールのようだ。
タールのような泥沼から抜け出そう。」
「神よ人は生きているだけで罪ですか?
月は人を狂わせるというけど、月の光は人の理性を奪うだけではないのですか?」
「思うように生きていいと思います」
最近のりょうさんは、獣のようだと思っていて。
手袋を噛んでとったり、目つきがギラギラしているのを見ていて。
でも、多分ROMEOだよね…?叫ぶのって。
叫んだあと、上を見上げたりょうさんの目がとても純粋に見えた。
獣なのになんて純粋な目をするんだと思ったら、切なくなりました。
どうして彼は獣めいた行動をとるようになってしまったんだろう?
何かに傷つき、抗っているのかな、それとも憎しみ?
分からないけど、何かしらの理由があって彼は獣になっているのかもしれない。
最初から、獣が獣であったのか?という疑問。
てゆか、獣だから怖いっていうのは私の勝手だもんね。
願いは、あかやに向けての曲だったのかな?
思うように生きていいと思います、って言葉を含め、
生と死から生まれる別れではなくて、生きているからこそある別れというのもあるんだろうな。
どう生きてゆくか。生きているから別れることもある。
けど、生きていればいつかまた会える。
そういう願い。
あかやリクエストの夜想。
最近はせわしない曲が多いので、この曲はおちつく。
いい曲だなー。
ヘデックであかやが暴れた後、頭を抱えてフラフラしたかと思ったら倒れこんでしまった。
それを見たりょうさんが、歌いながら笑ってしまって、
「死ねばいいのに!」って普通に言っていた。
ササブチさんが叩いたドラムにテンションあがった。
ドラムって人によって違うもんなんだと実感した。
銀のパラソルの時に、りょうさんが摩天楼様にもたれかかって、
摩天楼様が後ろから抱きしめていたシーンが頭から離れません。
りょうさんはどちらかというと、男性的なイメージだったのに、おかしいな…
以前、髪の毛が長い方を客席に向けているときは女性、短い方を客席に向けているときは男性、
と思ったこともあったけどもね。
もたれかかったときの首筋とそこにかかる髪の毛、手で身体を抱きしめている様が、
女性を思わせたのだと思う。
銀のパラソルの左右のステップオモロ。
ラクリマカバーで、うたがギターを弾いているのを見ているりょうさんが、
お父さんみたいで、ほほえましかった。
私はうたギターの実力がわからないんだけど、結構放送ぎりぎりだったんかな…?
思うように生きるって難しい。
「思うように」が難しいもん。
生きているだけなら、自殺しない限りまぁまぁ続く確率があることで。
やりたいようにやってもいいと申されましても、
やりたいことがありません。
ただ生きているだけです。
申し訳ありません。
やりたいことってなんですか?ってそこまでバンドに聞くほど馬鹿じゃない。
誰か教えてくれないか?ってたまには思うけど…
持たざる者が持つ者の作ったものをみて、
感覚の違いが起きるのはしょうがないことだけど、
持つ者が持っているものがうらやましくて仕方がなくて見続けている私にとっては、
こういう瞬間に勝手に傷ついてしまう。
持つ者と少しでも共通の想いを抱けているような錯覚に陥っているだけにね…
私は、ゆるやかなつながりの中で、
素敵なものを見せていただいているだけということを早く覚えたい。
個人的なことなんだけど、私はあかやが脱退するというのに、
全然悲しくないんだよね。
悲しいねって言う事にはためらいもないし、言ってそれは嘘じゃないと思うんだけど、
でもやっぱり悲しくないよね。
悲しいか悲しくないかだったら、悲しいし悲しくないんだ。
つまり、どうでもいいということなのかな?
よくわからない…
私にとって、もともとあかやがいようがいまいが関係なかったのかと思うと、
申し訳ない気持ちになって、申し訳ないからいなくなることを悲しまないといけないと思ってるのかも。
次のライブで自分がどう思うかが肝だなー。
どうも思わなかったなって思いそう…
追記にツイッタとセトリ
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